ハンディを忘れる時間
6月8日(金)
『ハンディを忘れる友情。』実祝プランニング語録
先日「心は通じる」という題で、アスペルガーの方と会ったことを書かせて頂いた。http://d.hatena.ne.jp/happy-ok3/20120602
ある人から、「あなたは、昔からそういう人達に優しくすること、その人達が心を開いてくれることをしてきたと思うよ。」そんな事を言われた。
そんな風に言われて、ビックリした。
が、自分では全く意識していなかったことなのだが、思い出したことがあった。
私が小学校3~4年の頃。
遠縁の親戚が夏に、一家で泊りがけで遊びに来た。
私は初めて会う人達だった。親戚には4~5歳だったと思うが男の子がいた。
その子は、片手の手首から先を事故か何かで失くして、義手をつけていた。
しかし、近所の同じ位の子どもたちからは、異様な目で見られるという。
私はその子と楽しく遊んだ。その子は、とても慕ってくれた。
親戚一家が帰るとき、親戚から
「あの子と本当に仲良くしてくれて本当のきょうだいのようにしてくれて、有難う。あの子も手のハンディを忘れていたみたい。とても嬉しかった。」
そんな事を言われた。
私は当たり前のことをしただけだったし、その子が幼いながら手首から先を失っているということは、幼心にとても重たいことだと思う。
私も同じ子どもながら、涙が出るくらい切ない気持ちだったのだ。
だから、その言葉は、逆に私への喜びの贈り物になった。
もしかしたら、親戚の方々は悩まれて、うちの親達に話を聞いてもらい、私と遊ばせたかったのかもしれない。
遠い親戚でもあり、昔のことなので、すっかり忘れていた。
もうその男の子は立派な大人のはず。
人に言えない辛さを沢山、小さい時から味わってきたと思うが、その子(今は大人だけど)が、これからも
さらにハンディを善きことに変換していけるように。
きっとできるはず。会う機会はないが、これから、その人(子)のために、祈るろう。
祈ることを促され、私は感謝している。
きっと、その人には大きな存在が助けられる。
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