両手足のないレスラー その3

4月12日(木)
『どういう人になっていくかは自分次第』実祝プランニング語録

両手足がないレスラー、ダスティン君とカイル君。

彼らが素晴らしいのは、見える部分では、レスリングをするからというより、彼らよりはるかに恵まれている、両手足があるレスラー達と互角に戦ったことだ。

健常者という言葉は、私は控えたい。

両手足があり、体力があったり、知識があっても、心の大事な部分がどうにかなっている人もおられるからだ。

普通の人でもスポーツの訓練はきついもの。

その何倍ものきつい訓練に、自分から希望して努力した。

多くの人達から賞賛されただろう。

しかし、彼らは、名誉を得る目的で努力したのではない。

私は、彼らの現在を映して欲しいと思った。

また、子供の頃、彼らを好奇の目で見て、イジメた人達は今、どのように感じているのか?

「自分は~を持っている、君は無いから・・・或いは、君は~を持っているが、自分は無いから妬ましい。」

イジメとは、そういう心の狭い所から出てくる。

面と向って喧嘩が出来ないと、陰で卑怯な手を用いる。

イジメや好奇の目により、ダスティン君は、5歳から14歳まで、引きこもってしまった。

引きこもった間、誰かに悪いことをしただろうか?

レスリングで勝利したり、賞賛されて、誰かに仕返ししただろうか?

答えは「NO」

だから素晴らしいのだ。

努力する姿に多くの人達は、スタンディングオベーションを送ったが、私は思う。

『見える部分の素晴らしさのみを賞賛したのではなく、人が心で感じる見えない部分の純粋さ、勇敢さ、正しさ、等に本当は感動したのだ。』そう思う。

ダスティン君には、いつも味方になっては、愛していつも励ましてくれる兄がいた。

兄の優しさ、励ましが、彼を支えてきたといっても過言ではない。
だから、今、あのような笑顔がある。

その真逆をする人達も悲しいかないる。

どちらの人になっていくのかは、自分次第。

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4月に「NO.18春のフリージア」 「3色団子でお花見」を掲載。

17年前、被災した立場から創られています。

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