感謝の種に変える
12月27日(金)
『感謝の種に変換していく幸い。』実祝プランニング語録
逆境には必ずそれよりも大きな報酬の種が隠されているものだ。(ナポレオン・ヒル)
阪神・淡路大震災から18年以上が経過した。
来年になると19年。
仕方なく県外に移住せざるをえなかった人もおられる。
そのような方々への心のケアが今でも行われているのだ。
街の外観は復興したが、本当の復興が100%できているかと言うとそうとも言い切れない。
そして東北地方大震災の復興は、まだまだである。
さて、言葉の上では、感謝と仰るのだが、私から見ると不平不満が渦巻いている方がいた。
不平不満ではなく、今を感謝して頂きたいがために、私は18年前、被災したその経験を少しお伝えした。
あの惨事はどれだけ放映されただろう。
しかし同じ日本にいても、災害が起きたとしても、関心がなかったことがうかがえた。
多くの方の傷は大きい。
私は、いわないだけである。乗り越える努力をしてきたのだから。
2次被災、3次被災に遭った人も大勢居る。そして震災後、身内を亡くされた方も大勢居る。
さて、その方は私の視点から見させていただくと、恵まれた環境にあると思う。
しかし現在の仕事や状況・過去の色んなことに不平不満をご自分で無意識のうちに、発信されている。
私がその方に伝えたかったのは、誰しも辛い事、苦しい事、思わぬ出来事、理不尽な事はあるが、
その中から立ち上がり、前に進んでいくのは「自分」なのだと。
苦しい事、辛い事に対し、他者に助けにもらうことは、有り難いことだ。
しかし、助けていただくことと依存は、違う。
また助けてほしい、理解してほしいと言う中に、ご自分の側だけの願望や感情まで混ぜていくと良いことにつながらない。
苦しい事を体験した、いや、体験させられた者が、そこから立ち上がれば、今度は苦しんでいる人を
本当の意味で支えることが、何かの形できっとできる。
苦しみや悲しみという出来事は消えることはないが、善きことへ変換し、他者に役立てていく事が出来うる。
役立てていく事の表れや形は、人によって異なるだろうが、自分の置かれた場所で出来うることを、誠意をもって
精一杯頑張ればいいだけだ。
そしてそこには、「絶えず感謝」をするという事が不可欠である。
口で感謝ということは、簡単であるが、本当に本物の感謝をしているかは、随所随所に出てくる。
大きなことは出来なくても、小さなことで感謝を形に表すことは、毎日出来る。
苦しいことを感謝の種に変えることが、可能だと思う。
今日で仕事おさめの方も多い。
感謝の種を大事にしたい。
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