被災地の報告~母の心を知る薬草と幸せ

 

2019年 8月16日(金)

地震・豪雨・台風、その他の災害の復興を心からお見舞い申し上げ、お祈りします。

関心を持ち続け、支援をと願います。

 

「優しい心は、生き続ける。」

 

日々変化する、復興の事を少し報告。

happy-ok3の、日記の記事は被災地の報告の下に。

 

 

【西日本豪雨 2018】

 

●今治市伯方町叶浦の伯方ビーチ周辺で13日、はかた夏まつり

(同まつり振興会主催)があった。

 

 

6000発の花火が夜空を彩ったはかた夏まつり

(写真:愛媛新聞様)

 

 

 

 

 

昨年は西日本豪雨の影響で中止となったため、2年ぶりの開催。

 

 

【北海道地震】

 

●台風10号の影響で、新千歳空港を発着する空の便はこれまでに77便が

欠航していてお盆のUターンラッシュと重なり空港は混雑している。

 

 

 

 

 

(写真:ニュース北海道様)

国土交通省新千歳空港事務所によると台風の北上によって今後も欠航が増える

可能性があるということで、最新の運航状況を確認するよう呼びかけている。

 

 

●台風10号の影響で、道内は16日夕方から17日にかけて大荒れになる見込み。

気象台は河川の増水や土砂災害などに警戒するよう呼びかける。

 

 

 

 

 

(写真:ニュース北海道様)

3年前のこの時期、台風で深刻な農業被害が出た道南・北斗市では、トマトを

作るビニールハウスの扉が強風で開いて飛ばされないように

杭を打つ作業が始まっていた。

 

厚真町へのふるさと納税←こちらから確認を。

電話でも確認を 0145-27-2481(総務課:財政グループ)

北海道庁への災害見舞金の寄附について ←こちらから

 

●酪農家への義援金

口座名義:中酪胆振地震他災害酪農義援金

金融機関:農林中央金庫本店

口座番号:普通 7509890

 

 

【東日本大震災 2011】

 

●震災で多くの児童らが犠牲となった宮城県の石巻市立大川小学校近くの地区で、

14日夜、鎮魂の打ち上げ花火が夜空を彩った。

 

 

 

(写真:東北放送様)

 

 

被災した大川小学校から5キロほど離れた福地地区。大川小で犠牲となった

児童74人のうち、6人がこの地区の児童。

 

震災後、9度目を迎えた被災地のお盆。遺族たちは、花火を見つめながら、

子ども達が帰って来てくれた気持ちになあったと、

亡くなった子どもたちを悼んでいた。

 

 

●NPO法人ハッピーロードネットの英国研修渡航団の高校2年生20は13日夜

(日本時間14日午前)、ロンドン中心部のセント・ジェームズ教会で東日本大震災

についての発表に臨み、復興へと歩む福島の今の姿を市民に伝えた。

 

教会内で震災と復興について

調べた成果を発表した生徒

 

(写真:福島民報様)

 

 

渡航団は福島の復興を担うリーダーを育てようと、浜通りの高校生を中心に

6日から16日までの日程で英国を訪れている。

 

 

●東日本大震災から9度目のお盆を迎えた東北の被災地で、自治体が保管する

身元不明などの遺骨が岩手、宮城の両県に178柱あることが分かった。

 

 

名取市の依頼で保管する身元不明遺骨4柱を供養する

紹楽寺の佐藤勝哉住職=名取市高舘吉田

(写真:河北新報様)

 

 

市町別での最多は岩手県大槌町の66柱。石巻市30柱、気仙沼市24柱が次いで多い。

 

大槌町では18年2~3月、県警のDNA型鑑定を通じて身元が確認された3柱を遺族に

引き渡して以来、新たな身元の判明はない。大槌町は

「震災時の火災で損傷した遺骨もあり、確認は年々難しくなっているようだ」

2柱を市内の寺で保管する東松島市は「遺族からの相談はほとんどない」と。

 

遺体のDNA型鑑定は県警が行っているが、近親者の死亡などでデータの

照合が難しくなっているとみられる。

 

宮城県警は「近親者が震災で犠牲となり鑑定できなかったり、独り暮らしのため

行方不明の届け出自体がなされていなかったりするケースも考えられる」と。

 

岩手県警は「遺族の高齢化や死亡で、身元確認が難しい例が出ている可能性もある」

ため、宮城、岩手両県警は引き続き市民に情報提供を呼び掛ける。

 

保管が長期化する中、専用の安置場所を整備する自治体も出てきた。

 

大槌町は17年、8柱を預かる釜石市は昨年8月、それぞれ納骨堂を設け、

寺などで保管していた遺骨を安置した。

 

名取市は「寺の厚意にいつまでも甘えられない」と1日、

震災犠牲者らを対象とする墓地公園を開設した。

多賀城市など3市町では、身元が判明していながら引き取り手がいない遺骨を保管。

 

多賀城市が市内の寺に安置する5柱は全て身元が判明しているが

「生前のつながりが薄い」などの理由で引き取る親族がいないという。

 

福島県の沿岸市町が保管していた遺骨は全て遺族に引き渡され、預かる遺骨はない。

 

 

●派手な装飾を付けたデコレーショントラック、通称「デコトラ」の愛好家が集う、

復興チャリティーイベントが14日、宮城県白石市で開かれた。

 

 

 

 

 

(写真:仙台放送様)

全国から100台以上のデコトラが集結、目的は、東日本大震災の復興支援。

 

 

 

 

 

(写真:仙台放送様)

災害のボランティア活動に取り組んでいて、震災の被災者への支援を続けてきた。

14日の売り上げの一部は、震災の被災地に寄付される。

 

 

●お盆に火をともして故人の霊を迎える「迎え火」が13日、宮城県女川町で行われ、

先祖や東日本大震災の犠牲者の魂を弔った。

 

震災後のかさ上げ地で迎え火のたき火にまきを

くべる子どもたち

宮城県女川町で2019年8月13日午後7時21分

(写真:毎日新聞 和田大典様撮影)

 

 

「復興に尽力しながら亡くなった人も含めて、故人をしのぶ気持ちを忘れたくない。

地元の人たちが集い、町の将来を語り合える場所にもしたい」と。

 

 

●震災前の宮城県石巻市大川地区の模型が14日から展示。

 

 

 

 

 

(写真:東日本放送様)

石巻市大川地区の震災で失われた町並みや自然を

再現した模型で実際の500分の1の縮尺で作られている。

 

震災後、大川地区の一部は災害危険区域に指定され住むことができない。

 

神戸大学の研究室などは町の記憶を伝承しようと航空写真を元に模型を作り、

海岸線にはこの地区の本物の砂を使用。

 

 

 

 

 

(写真:東日本放送様)

神戸大学大学院生は「震災後に生まれた子どもたちも多いと思うんですけど。

こういう生活があったんだということを知った上で

これからの町づくりとかにつなげていってほしいなと思って」

 

 

●東日本大震災の犠牲者や海上遭難者の霊を慰める灯籠流しが8月31日、

相馬市の松川浦漁港で開かれる。鎮魂の祈りを込めた灯籠約600個を海面に流す。
 

津波被災者でつくる東部再起の会、東日本大震災佛故者慰霊流灯会実行委の主催。

2011年から震災で亡くなった人の追悼と復興の願いを込めて開催、9回目を迎える。

 

「津波犠牲者を供養するため、震災被害を忘れないために思いをつなぎたい」と。

 

 

【兵庫県丹波豪雨・2014・8】

 

●2014年8月に兵庫県丹波市を襲った豪雨災害から間もなく5年を迎える。

降り続いた豪雨の影響により、山は崩れ、川は濁流と化し、

土砂や水が民家を襲い、尊い1人の命が奪われた。

 

 

容赦なく民家を襲う濁流

2014年8月17日午前8時52分、

兵庫県丹波市市島町徳尾で

(写真:丹波新聞様)

 

 

それでも、地域の人は立ち上がり、復興に向け一歩一歩、

ボランティアらの支援を受けながら歩き出した。

 

災害で得た教訓を生かそうと、森林整備など防災に力を注いでいる。

 

地域の森林の「守り」をする有志たち

2017年6月18日午前11時9分、

兵庫県丹波市市島町北岡本で

(写真:丹波新聞様)

 

 

昨年と今年、公民館で開催した「防災フォーラム」では、南海トラフ巨大地震に伴う

「1カ月間の停電」にどう対応するのか、それぞれが一個人の目線で考えた。

 

自治会長は「行政頼みでなく、自分たちでできることをしておくことが大事。

食料は基本的に自分たちで準備し、いざというときに公民館に持ち寄るのがいいと思う。

『災害に強いまち』を地域から作ることで、I・Uターンや企業誘致にも役立つはずだ」

 

南海トラフ巨大地震に伴う「1カ月間の停電」への

対応を話し合う住民たち

2018年5月27日午後、兵庫県丹波市市島町北岡本

(写真:丹波新聞様)

 

 

「防災の前では性別や年齢は関係ない。互いに協力しないと災害を乗り越えられない」

「防災、減災には先手を打つことが大事。後手では、自分自身や家族を守れない」

「昔に比べると、格段に便利な世の中だから災害への備えだってしやすいはず」

 

一方で、災害への向き合い方が“甘い”と感じるという。

「北岡本自治会は被災した経験がある。これを防災意識の向上につなげないと」と。

 


【戦争・1945】

 

●南相馬市原町区で、1945(昭和20)年8月9、10の両日、米軍機が飛行場や

原ノ町駅に襲いかかる。

 

滑走路などの主要部が破壊され、駅では爆風のあおりを受けて機関区員ら

7人が命を落とした。

陣ケ崎公園墓地に慰霊碑が立つ。東北の地方都市も戦いとは無縁でなかった。

 

終戦記念日の15日、南相馬市は正午からサイレンを鳴らし、戦没者の冥福と

世界平和を願う。戦後日本の発展は、深い反省の上に成り立つ。

 

「間違った道を再び歩まぬよう戦争の悲惨さと

 命の尊さを若い世代が胸に刻んでほしい」と。

 

 

●仙台市青葉区で、特別展を毎年15日の終戦の日に合わせて、

戦争の悲惨さを後世に伝えるために開いている。

 

 

 

 

 

(写真:仙台放送様)

東松島市出身の特攻隊員が乗っていた戦闘機「疾風」の模型や、兵士が家族に宛てた

手紙など、当時の生活が伝わる品およそ300点が展示されている。

 

松島基地が描かれたものは極秘だったため石巻市の地図は資料として貴重。

 

 

 

 

 

(写真:仙台放送様)

「み號剤(みごうざい)」は、夜間飛行するパイロットの視力を良くしようと、

暗闇でも物が見えるフクロウが食べる魚を研究して作られた薬。

 

 

15日午後4時まで展示された。

(写真:仙台放送様)

 

 

「子供たちにもちゃんと残していった方がいいんだろうなと思います」

 

 

●太平洋戦争末期、青森県南地方でも空襲による戦禍があった。1945(昭和20)年、

7月と8月に2度にわたって米軍機による攻撃を受けた「三沢空襲」もその一つ。

 

現在の三沢市にあった旧日本海軍の三沢航空基地が狙われ、特攻直前の海軍の

攻撃機が炎上し、約30人の軍人や民間人が犠牲になったとされる。

 

一方、学徒動員された戦争経験者は高齢化が進み、亡くなった人も多く、

同空襲の記憶の風化も著しい。

 

三沢空襲を振り返りつつ、

平和への思いを語る小比類巻満さん=8日、三沢市

 

(写真」デーリー東北様)

 

 

 

 

「教科書に載っていないが、『昔、三沢でもこんなことがあったんだよ』と

若い人に伝えていかなくてはならない」

悲劇を繰り返さないために活動を続ける79歳、郷土史家の小比類巻満(みつる)氏。

 

 

●秋田市・土崎空襲から74年を迎えた14日、秋田市で追悼式典が行われた。

 

 

 

 

 

(写真:秋田テレビ様)

秋田市の土崎みなと歴史伝承館に常設展示されている

爆撃の熱風で表面が溶けたコンクリートの柱。

 

太平洋戦争終戦前夜の1945年8月14日、当時日本最大の製油所があった

秋田市土崎地区には1万2000発もの爆弾が投下された土崎空襲では、

約250人が亡くなったとされている。

 

 

 

 

 

(写真:秋田テレビ様)

「戦争を体験した人たちが年々少なくなっている。式典や遺品の展示を通して

平和の大切さを伝えられれば」と。

 

 

●8月の日曜、旧日本海軍の鶉野飛行場跡(兵庫県加西市鶉野町)にある

備蓄倉庫前では、戦闘機「紫電改」の実物大模型が観光客らの視線を集めていた。

 

そこにガイド役として熱っぽく語る、市民団体「鶉野平和祈念の碑苑保存会」の

理事、上谷昭夫さん(80歳)

 

川西航空機が造った紫電改の試作機

 

(写真:神戸新聞様)

 

 

 

2年かけて出来上がった紫電改のレプリカ。平和学習などへの活用も期待される中、

上谷さんは、この戦闘機でパイロット約160人が命を落とした事実を強調する。

 

「いくらいい飛行機を造っても、相手を攻撃して自分もやられるのが戦争。

多くの犠牲の上に今の平和があるということを忘れないでほしい」と。

 

 

●終戦記念日の15日、県内で鉄血勤皇隊として戦場動員され10代で命を落とした

県立農林学校の生徒や教職員を追悼する慰霊祭が、嘉手納町嘉手納の健児之塔前で

開かれ、同窓生ら50人が鎮魂の祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

(写真:琉球新報様)

同日嘉手納町では、同町出身の戦没者ら649人の名を刻銘した招魂之塔でも

平和祈願祭が開かれた。

 

 

●太平洋戦争のさなか、古河市「当時の岡郷 (おかごう) 村」に設置された

「古河地方航空機乗員養成所」。審査を通過した全国の若者が厳しい訓練を

積んだことを知る人は地元でも少なくなった。

 

1943年ごろに撮影された

古河地方航空機乗員養成所。

生徒たちの背景に練習機や施設などが写る。

(写真:茨城新聞様)

 

 

同養成所は、民間機のパイロット育成を主としながら、陸軍の予備兵員を

養成する目的を併せ持つ。米軍の襲撃も受けた同養成所の実態について、

郷土史家や隊員遺族は「もっと知ってほしい」と話す。

 

「戦争の悲劇を二度と起こしてはならない。郷土にあった

古河の飛行場を残し、伝えていかなければ」

 

 

【地震】

 yoshihide-sugiura様が、地震の事は、詳しく書かれている。

「yoshihide-sugiura様からは、現在、関東は不安定であり、特に家具の

 転倒防止を行う、転倒する側にベッドを置かない、等お願いしています」と。

 

 ●8月15日21時50分頃 震度1 熊本県熊本地方

 ●8月15日20時19分頃 震度1 沖縄本島近海

 ●8月15日18時15分頃 震度2 十勝沖

 ●8月15日18時07分頃 震度1 宮城県沖

 ●8月15日17時52分頃 震度2 福島県沖

 ●8月15日15時54分頃 震度2 宮城県沖

 ●8月15日15時06分頃 震度3 青森県三八上北地方

 ●8月15日14時33分頃 震度4 青森県三八上北地方

 ●8月15日10時30分頃 震度1 新潟県下越沖

 ●8月15日01時25分頃 震度1 和歌山県北部

 

※下記の災害ボランティア情報で、ボランティアの確認を。

今、日本での災害で苦しんでいる方々がいる。

関心を持ち続けていただけたら、幸いだ。

(私は阪神・淡路大震災で被災したので、他人事とは思えない)

↓被災体験の悲しみは消えることはない。

被災地の報告~悲しみを乗り越える感謝 ←こちらから

 

8月15日は 被災地の報告~104年後の耳鼻科の閉院 で素晴らしい耳鼻科を

 

 

 

 

 

104年にもわたり、地域に尽くされた耳鼻科の使命は素晴らしい。

 

昔昔、中国に、身よりもなく、一人で暮らしている、お婆さんがいた。

薬草に詳しかったので、薬草を採り、売って生活していた。

 

お婆さんは、欲のない、優しい人だったので、貧しい村人が病気で困っていると

薬草を、無償で差し上げ、病気を治してあげていた。

 

歳を取って、山に行けなくなると、貯えもないので、物乞いをしていた。

 

お婆さんの心配は、自分のことではなく、薬草の知識を伝えたいが、

善い人が見つからない事だった。

なぜなら、自分が死んだら、誰が、貧しい人達に薬草を分けてあげられるのか?

 

お婆さんは、善い人を探そうと、こんな事を多くの人に話した。

 

「誰か、私の息子になってくれんかなあ?

 善い息子がいたら、薬草の知識を教えてあげよう。」

 

数日後、ある貴公子がそれを聞き、

「しめしめ、それを教えてもらったら、役人に、すり寄れるぞ。」

 

貴公子は、自分が息子になると言い、お婆さんを屋敷に連れて行き、

綺麗な着物を着させ、食事を与え、陽当たりのいい部屋に住まわせた。

 

半月が経った頃、貴公子は、薬草の事を教えてくれと言うが、お婆さんは、

8年か、10年先に教えると言う。

 

貴公子は、お婆さんを追い出した。

お婆さんは、擦り切れた服に着替え、屋敷を出て行った。

 

今度は、商人が聞きつけ、

「これは、お金儲けが出来る!しめしめ。」

 

商人も自分が息子になると言い、家に住まわせて、ご馳走を食べさせた。

 

1ヶ月が経ったが、お婆さんは薬草の事を、教えない。

商人も、お婆さんを追い出した。

 

お婆さんは、その後も物乞いをして、歩いたが、冬の寒い日、

ある村の家の前で倒れてしまった。

 

家から出てきた男の人が、家に入れてあげ、奥さんが、

温かいお粥を作って食べさせてあげた。

 

そこには、貧しいが、優しい心を持った、木こりの夫婦が住んでいた。

 

夫婦は、お婆さんの事を心配し、自分達の暮らしは貧しいが、一緒に暮らそうと。

 

春になり、お婆さんが、

「私は薬草の事しか知らないし、お礼も出来ない。」

 

と、家を出て行こうとすると、夫婦は、

 

「自分達も貧しいが、お礼をもらうために、世話をしているんじゃない。

 ここに食べ物がある限り、ひもじい思いはさせないから。」という。

 

木こりの夫婦は、お婆さんを実の母親のように、労わり、仕えた。

 

お婆さんは、3年間も、幸せな毎日を送り、その年の夏、80歳を迎えた。

 

ある日、お婆さんは、山に行ってみたいとつぶやいていた。

木こりは、お婆さんを背負って、暑い中、汗だくになりつつ、山を歩いた。

 

ある野草が茂っている所で、お婆さんは、その草の根を掘り起こすように言った。

木こりが掘り起こすと、黄褐色をした根が出てきた。

 

「これは、肺熱からの咳や疲れからの熱に良く効く薬草じゃ。他にも用途がある。

 私が今まで、薬草の事を教えなかったのは、なぜだかわかるかの?」

 

木こりは、少し考えて

「母さんは、優しい人だから、心の優しい人に教えたかったに違いない。

 欲の深い人に教えたら、お金を儲ける事しか考えず、

 病気でこまっている、貧しい人を助けはしないからだろう?」

 

お婆さんは

「私の心を、よく分かってくれた。この薬草を『知母』(ヂームー)と名付けよう。」

 

お婆さんは、「母」の「心」を理解してくれる「息子」に出会って、喜んだ。

 

それからは、お婆さんは、息子の木こりに、沢山の薬草の事を教えた。

息子は木こりをやめて、薬草を採って生活をするようになった。

 

       そして

 

母であるお婆さんの言いつけを、いつまでも守り、

貧しい人には無償で薬草を分けて、病気を治し、命を救ってあげたという。

 

「知母」は、日本では、チモとも呼ばれる漢方薬で、ハナスゲの根である。

 

 

「誠実さ、使命への熱い情熱

 善い行為への志

 自分を捧げる事が

 人を助け生かす力となる

     (by happy-ok3)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい人は、見返りを求めて、何かを行う事をしない。

 

偽りの優しさは、貴公子や商人のように、損か得かという、

計算を上手く隠しながら、巧みに近づいて利用してくる…。

 

お婆さんは、本当に優しい人に伝授して、薬草で人を助けて幸せにしたかった。

 

さて、悲しいお知らせだが、

hitomihoshimi様の娘さんの、きーちゃんへの応援をありがとうございました。

 

           昨日、15日に、hitomihoshimi様から

「令和元年8月14日 午前10時22分

 旅立たれた」との悲しい報告を頂きました。

 

21年、愛されて来られたきーちゃん・・・。

hitomihoshimi様から、

「応援して下さった皆様 誠に有難うございました。
 心よりお礼申し上げます。」と。

 

心からお悼み申し上げます。

ご遺族の皆さまは、お悲しみの中だと思いますが、支えられますように。

 

わっと様は、きーちゃんの事を紹介しつつ、お百度参りをされていた。

わっと様、ありがとうございます!

私も、微力ではあるが、お祈りさせていただいていた。

 

また、この拙ブログからも、応援して下さった皆様に、御礼申しあげます。

 

私は、hitomihoshimi様も、娘さんのきーちゃんも、実際にはお会いした事はない。

教えて下さった、わっと様とも、私は、お会いした事はない。

 

私とは、それぞれ住んでいる地域も異なり、今後も、お会いする事は無いと思う。

 

       だけど

 

こうして、応援させて頂けたことで、きーちゃんは、ずっと心に生きて行くと思う。

 

きーちゃん、実際には会っていないですが、出会えて、私は、嬉しいです。

きーちゃん、有難うございました。

 

人を大事にするというのは、お婆さんや木こり夫婦が、

自分を差し出し、仕えた姿に重なると思う。

 

今日それができても、ずっと!人生の中で続けていく事が、尊いのだと確信する。

 

優しい心は、善きことと平和を継続させる。

 

損得計算ではなく、優しさは人を生かす。

 

優しい行いは、人を助け、励ます。

 

今日も【優しさを行うhappyな1日に。

 

いつも、皆様の励ましに、心から感謝いたします。

 

今日も、被災地の方々が守られる事を、祈りつつ。

支援と祈りを献げる者で、ありたい。

 

被災された方々に応援の心と支援を!

どうか、心と魂に癒しの力が、届けられますように!

 

イジメや虐待、DVなどで、追い詰められるなら、避難して

別の道・方法を探して、どうか命を大切に新しい、しあわせな道へ。

 

被災地の報告が加わって、長いブログになっているが

お読み下さり、コメントを下さって心から感謝いたします。

毎日変わる被災地情報、コツコツ書いていますが頑張っている被災地の方々のこと、覚えたいです。

 

皆様の今日の1日の時間が、素晴らしい時間である事をお祈りしています。

 

今日という日は、あなたに新しいラッキーな1日だから!

今日のラッキーを探そう←こちらから

 

あなたというかけがえのない存在が、あなただけの素晴らしい光を

今日も輝かせて欲しいと祈ります!

 

★下記に、ボランティア情報、赤十字社、トラブル回避を。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

       お誕生日

今日 8月16日がお誕生日の方でとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

お誕生日がいつの日であれ、今生かされていることが、
誕生の時間からの、私たちへの素晴らしい贈りものだと思います。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

北海道ボランティア募集 ←こちらから

災害ボランティア情報 平成30年7月豪雨←こちらから 

●日本赤十字社 義援金募集 ←こちらから

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

イジメ相談

【いじめ相談窓口】

●ふくしま24時間子どもSOS 電話 0120-916-024

「東北いじめ総合支援センター」電話相談 080‐3320‐8844

●全国共通・24時間子どもSOSダイヤル  0120-0-78310 (全てのイジメに)

●189=年中無休、24時間

●チャイルドライン 0120-99-7777=月~土曜日の午後4~9時(18歳まで)

●子どもの人権110番 0120-007-110=平日午前8時半~午後5時15分

通信制の高校ナビ ←こちらから

(全国の通信制高校もここから探せる)

一人で悩まず相談を。←こちらから

 

全国から高校中退者や発達障害の子どもたちを

受け入れている 北星余市高校 ←こちらから

 

大切なあなたが今日も 幸せで笑顔でいてほしい。

あなたは素晴らしい人なのだから!

あなたは大切な尊い人!だから。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

      過労死110番

各地の110番の電話番号は「過労死110番全国ネットワーク」←こちらから

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みんな、今日も素敵な笑顔をありがとう!

 

いつも、皆様からの励ましを心から感謝します。

命の歌(歌詞つき)素晴らしい歌!↓

今日も皆様がhappyな優しい気持ちで、

一日を過ごせますように! GO!

Copyright2018実祝プランニング

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被災地の報告~母の心を知る薬草と幸せ” に対して1件のコメントがあります。

  1. スフレ より:

    おはようございます、happyさん。
    スフレです。

    きょうの薬草のおばあさんのおはなしも
    とってもよかったです。
    さいごにやさしい人に、であってほんとうに良かったです。
    おばあさんの薬草へのきもちが伝えられてほんとうによかったなぁって
    おもいました。

    >お婆さんは、本当に優しい人に伝授して、薬草で人を助けて幸せにしたかった。

    >「知母」は、日本では、チモとも呼ばれる漢方薬で、ハナスゲの根である。

    しょくぶつさんたちにもありがとうをいいたいです(#^.^#)。

    きょうもhappyさんnほんんとうにありがとうございます(#^.^#)。

    晴れちゃん、誉くん、たつきくん、よしきくん、
    きょうもえがおをほんとうにありがとう! (#^.^#)
    みんなげんきでいてください。

    くれぐれもおからだにきをつけてくださいね。
    いい一日になりますように(#^.^#)/。

    1. happy-ok3 より:

      スフレさま、こんにちは。いつも感謝します。

      薬草のお婆さんのお話し、欲を持たずに、人を助けるのがいいですね。

      そういう人と、出会えたのは、良かったですね。
      欲が勝ると、いいことに、発展しないです。

      薬草たちも、自分達の使命を果たす事ができる人から、貧しい人達の命を助ける事ができたなら、
      本望でしょうね。

      >「しょくぶつさんたちにもありがとうをいいたいです」
      仰る通りですね。

      今日は、雨は去りました。
      スフレ様もお身体、大事になさってくださいね。

      いつも本当にございます。

  2. リボン より:

    昔は戦争の被害ばかり言ってました、今は加害の事実も述べられています。それを忘れてはいけない敗戦記念日だと思います。中国の重慶を無差別攻撃したのも日本、そのあとは日本が米軍に全国各地を無差別攻撃され今も制空権は日本になく、米軍機が訓練と称し低空飛行で日本人狙っているとは。
    遺骨と言えば、東大、京大がアイヌや沖縄の人の遺骨を盗んで返さない、事件があります。驚きです。
    いつもありがとうございます。

    1. happy-ok3 より:

      リボン さま、こんにちは。いつも感謝します。

      >「今は加害の事実も述べられています。それを忘れてはいけない敗戦記念日だと思います。」

      私は、戦争を知らないのですが、戦争は、人をおかしくしていきますね。

      命を命と思わなくなる。

      悲しいです。
      だからこそ、戦争をしてはいけないですね。
      良心も善意もが、潰されていく、それが、戦争の姿なのでしょうね・・・。

      いつも色々、教えて下さって感謝します。

      いつも本当にありがとうございます。

  3. カメキチ より:

    きーちゃんのこと、残念でしかたありません。ご冥福を祈ることしかできなくて。
    きのうのわっとさんの記事、そういうことだったのですね。

    1. happy-ok3 より:

      カメキチさま、こんにちは。
      いつも感謝します。

      きーちゃんのこと、残念で悲しいです。
      でも、沢山の方々に支援を受けられたこと、その事は、素晴らしいことだったと思います。

      私の周囲にも、病気で闘っているかたいますが、SNSには出しません。

      身近な者たちで、頑張っています。
      だから、多くの方に、応援されたことは、素晴らしい事だと思います。

      ご遺族の皆様の、悲しみが、和らいでいかれる事、祈ります。
      いつも本当にありがとうございます。

  4. MT6538 より:

    happy-ok3様、こんばんは!

    被災のこと、戦争のこと、後世に伝えていくよう各地で頑張っておられますね。

    中国のお話、医療にかかわる職業の方は弱い人貧しい人への優しさを心に持っていてほしいです。
    昔も現代でもそれは変わらないですね。

    それから、こちらで紹介されていたきーちゃん様、本当に残念です・・・。
    どうか安らかに天国へ旅立っていただけますようお祈りします。

    今日もありがとうございました明日もよろしくお願いします^^

    1. happy-ok3 より:

      MT6538さま、こんばんは!いつも感謝します。

      >「被災のこと、戦争のこと、後世に伝えていくよう各地で頑張っておられますね。」

      戦争のことは、15日が終戦の日だったので、各地で慰霊祭が行われていますね。

      >「医療にかかわる職業の方は弱い人貧しい人への優しさを心に持っていてほしいです。」
      増えてほしいですね。

      >「こちらで紹介されていたきーちゃん様、本当に残念です・・・。」
      きーちゃんへの、優しいお言葉、きっと届いていると思います。

      いつも本当にありがとうございます。

  5. PSP-PAGF より:

    >「知母」
    ですかぁ・・ 上手い名前を考えますね!

    そう言えば「当帰」もそうですね! 女性の冷え性改善に役立つそうですが、「当(まさに)帰(って来る頃だ)」言う意味だそうです。 自らの身体を温めて、夫の帰宅を待つ・・と言う、妻の心優しさを表すそうです。(><)

    1. happy-ok3 より:

      PSP-PAGF さま、こんばんは。いつも感謝します。

      >「そう言えば「当帰」もそうですね!」

      意味合いから、漢方の名前がついたのですね。(#^.^#)

      >「妻の心優しさを表すそうです。」
      素敵ですね!(#^.^#)

      いつも本当にありがとうございます。

  6. byronko より:

    きーちゃん、お亡くなりになったのですね。
    ご家族・ご友人の方々等、とてもお辛いことと思います。
    お悔やみ申し上げます。

    「知母」という漢方のお話、興味深かったです。
    欲が深い人には良薬を教えないというのは、おばあさんの素晴らしい知恵ですね。

    1. happy-ok3 より:

      byronko さま、こんばんは!いつも感謝します。

      >「ご家族・ご友人の方々等、とてもお辛いことと思います。」
      そうだと思います・・・。

      >「欲が深い人には良薬を教えないというのは、おばあさんの素晴らしい知恵ですね。」
      仰る通りですね。
      優しいきこりの夫婦とであえたこと、良かったですね!

      貧しい方々は、医者にも診てもらえず、薬代も払えない人が多かったと思います。
      でも、命に対して、薬草は、天(神)からの贈り物ですから、本当に必要な方に、届けて癒すのが、一番いいと思います。

      謙遜になるのが一番ですね。(#^.^#)
      いつも本当にありがとうございます。

  7. 居候の光 より:

    個人が作る薬草の湿布薬を20年以上取り寄せています。

    先代が亡くなり高齢の娘さんが後を継いでいますが、

    後継者がいなくて、いつまで続くかと嘆いているそうです。

    今日の話を知って、製薬会社に製法を売ればと思っていた私が恥ずかしい思いです。

    きーちゃんの8月14日の応援ライブ、つらかったでしょうね。

    私は何もできずに終わってしまいました。

    1. happy-ok3 より:

      居候の光 さま、こんばんは!いつも感謝します。

      >「個人が作る薬草の湿布薬を20年以上取り寄せています。」
      心を込めて作っておられるのでしょうね。

      >「後継者がいなくて、いつまで続くかと嘆いているそうです。」
      難しいですね…。

      個人で作られるものと、大きな会社が作るものとは、違ってくるように(技法も)思います。
      個人でつくる漢方は、オリジナルになるので、配合が微妙に違うようです。

      大量生産になると、そうはいかないでしょうね。

      素敵な湿布、いいですね。

      >「きーちゃんの8月14日の応援ライブ、つらかったでしょうね。」
      そうですね・・・。

      ご遺族の方々のお悲しみ、深いと思います…。

      いつも本当に有難うございます。

  8. hitomihosimi より:

    happyさん
    きーちゃんこと未希のために
    募金や沢山の方に繋いでくださり
    誠にありがとうございました。そして
    いつも私や家族を気遣って頂き
    心の優しさに触れ何度励まされたことでしょう…
    21歳の若さではありましたが200人近くの参列者の方たちに見守られ盛大に見送る事が出来ました。
    集まった募金はまだ手付かずで
    今後発表があると思います。
    また、亡くなってから頂きましたお金は
    恵まれない子供たちの施設へ寄付という話が進んでおります。
    まだまだいるファンコニ貧血のお仲間達へ
    希望の架け橋になれるよう働きかけは続けていきます。
    今後とも遠くから見守りいただけますよう
    よろしくお願い致します。

    1. happy-ok3 より:

      hitomihosimi さま、こんにちは。お忙しい、そしてお悲しみ、お疲れの中、コメント感謝します。

      >「21歳の若さではありましたが200人近くの参列者の方たちに見守られ盛大に見送る事が出来ました。」
      多くの皆様に、見守られ、きーちゃん、感謝しておられるでしょうね。

      >「恵まれない子供たちの施設へ寄付という話が進んでおります。」
      そうなのですね。

      >「まだまだいるファンコニ貧血のお仲間達へ
      希望の架け橋になれるよう働きかけは続けていきます。」

      大変な病気・・・そばで看病しておられたからこそ、強い、架け橋になって行かれると思います。

      hitomihosimi さま、旦那様、長女さま、お悲しみは消えないと思いますが、和らいでいかれ、
      お疲れがとれて行かれますよう、お祈りさせて頂きます。

      こちらこそ、ありがとうございます。

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