ヘレン・ケラーその2
7月7日(月)
『真直ぐ、うつむかずに歩く幸い。』実祝プランニング語録
ヘレンの元に、アン・サリヴァンが家庭教師として来た。
アン・サリヴァンも、弱視と言う弱さを持っていて、
手術によって見えるようになっていた。
だからこそ、目が見えないヘレンの弱さが理解できた。
その体験を基盤に、へレンに「生活の中でのしつけ」
「文字を指で掌に書いた指文字」
そして「言葉」を教えていった。
声は少し出ていたので、一般的にはヘレンは、三重苦と
言われていたようだが、話すことは出来ていたという。
1904年24歳の時には、ラドクリフ女子大学
(現在のハーバード大学)を優秀な成績で
卒業した。文学士の称号も取得していた。
けれど、17歳の時には、ヘレンはケンブリッジ女子学院を
中退している。
アン・サリヴァンが、ここの校長のアーサー・ギルマンと意見が衝突したらしい。
ヘレンを教育していくにあたって、よほどの大きな相違が
あったのだろう。
その後はそしてもう一人家庭教師をつけて、ヘレンを勉強に励ませた。
ラドクリフ女子大学に入学したのは、20歳の時である。
「うつむいてはいけない
いつも頭を高くあげていなさい
世の中を真正面から
見つめなさい
(ヘレン・ケラー)」
電話を発明したベルが、手話をできるだけ使わないで、
聴覚障害の人たちを励まそうとしたことにすら、
強い風当たりが来たほどである。
ベルの母と妻は、聴覚障がいを持っていたたが、
ベルは人間として
人を正面から見つめようとしたのだろう。
ヘレンもまた、ベルから、大きな強い励ましを受けたのだ。
Copyright2014実祝プランニング
にほんブログ村