許しと祈り

4月21日(月)

『祈ることは、許しにつながる。』実祝プランニング語録

許すことは、素晴らしいことだが、受けた傷が大きく深いほど

難しい。

許さないというのではなく、許そうとしても、その事が甦ってくるからだ。

バレンタイン・デ・スーザがこんな言葉を書いていた。

「人を許すことは、まず、自分の狭い心と小さきを認め、

 さらに祈ることによって、

 また神様の恵みによって出来るのです。

 人間の力だけではできません。」

確かにどんな酷い事を言われたりされたりしても、

宗教云々関係なく、聖人と呼ばれる人は、動じない。

それには、修行が必要だ。

修行というと難しく聴こえるかもしれないが、

毎日、自分を無にして、自分の欲や我をリセットさせること。

祈る前に、時間をかけても、無というのだろうか、その状態に

していくこと。

その状態で、感謝できることを探してみる。

大事なことは、祈りの根底に利欲や自我がない事。

すると、まず、毎日の小さな小さな事・・・・・

食事をいただけるとか、空気がおいしいとか、

当たり前と思えることが、大きな恵みであり感謝すべき事と

理解できてくる。

自分がこの宇宙の中で小さな存在であることも

見えてくる。

すると、今度は、人々に善きことを祈れるようになってくる。

そうしているうちに、大きな深い傷の痛みも

痛みがなくなってくる。

傷を受けた事実は、消せないにしても

どの宗教であっても、また太古から巨いなる存在に畏敬を持つ人達は

巨いなる存在の前にひれ伏し、祈ってきた。

傷の痛みが癒されると今度は、人々に善きことを祈れるようになり

その祈りは善き行動に出てくる。

今の時代、許すこと以前に、自分の心が制御できない状態になり、

ネットでの中傷は10代から起きている。

そして悲しいかな、宗教家と呼ばれる人達のなかにも

立場を利用しては、人を潰している人もいる。

祈るとは、形や口先の事ではなく、自分を整える事から

始まっていくのかもしれない。

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