許す素晴らしさ

4月19日(土)

『許すことを学ぶ』実祝プランニング語録

許すということは、難しい反面、素晴らしいことである。

許さない!というのではなく、許せたらいいのだが、許すことが難しいことがある。

相手は、知らぬフリで逃げるばかりであったり、

のれんに腕押し状態であったり、

または、立場を利用して酷いことをされたなら、尚更許し難い。

けれど許すことを、そのなかから、自分は学び実行しないと

次のステップには、自分自身が進むことは出来ない。

試練と思えることは、人生の試験なのだから。

「汝を傷つけた人間は汝よりも強い者か弱い者のどちらかである。

 もし弱い者であればその人を許しなさい。

 もし強い者であれば汝自身を許しなさい。(セネカ)」

大抵の場合は、相手がたとえ何が秀でていようが、地位があろうが

自分よりも本当は弱い人ではないか?

もし、自分よりも本当に優れている人ならば、

きちんと謝罪してくるはずだ。

弱い人は、何かが秀でていることを理由に、見下してくる。

許していくと言うのは、簡単なことではない。

私は、起きたことにまず感謝することにした。

そのことが起きたからこそ、相手の本性も理解できる。

そして自分が本当に尊んでいる、本当に大事な見えないものが

浮き彫りにされてくる。

それは、反対側から見れば、大事なものの素晴らしさを自分が認識できる。

これからも、本当に人として大事なものを自分は大事にしていけば良い。

感謝が出来ると、許すことができるようになってくる。

許せる強さが、少しずつ備わってくるからだ。

許すというのは、その出来事にもう想いにおいて悩まない、怒らないということ。

では、相手は反省して行いも言葉も心底改めるか?というと、それは別問題。

心からの謝罪もないような相手は傷つけたことすら、

気にも留めてない場合が多い。

その後相手とどうするか?は、それぞれの環境や立場によって、

自分が決めれば良いことだ。

仕返しはいけない。怒りを感謝に変えて、自分が大きくなっていこう。

少し時間はかかるかもしれないが、神は乗り越えられない試練は

与えないといわれているから・・・。

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