見返りを求めない生きかた
11月9日(土)
『生きかたを選ぶのは自分自身。』実祝プランニング語録
美徳はそれ自身の報酬。
Virtue is its own reward.
イギリスの諺である。
徳は賞を求めず。とも言う。
ボランティアにしろ、良きことにしろ、自分が犠牲を払ってして差し上げたことに、全く報いられないこともある。
正確には、報いられるどころか、虐められたり、裏切られたり、相手が自分の心の利欲を隠すために自己保身をし嘘をつくこともある。
そういう経験をした方なら、そのときの腹立たしさや悔しさが理解できるはず。
そしてその卑怯なことをした相手が、聖職者であったり、社会的には良いとみなされる立場の人であれば、尚更悔しいのではないか?
私もそう言う目に遭ったことがある。が、そういうことに囚われない生きかたを選ぶことにしている。
確かに、良くないことではあるが、相手を変えることは出来ない。
相手を憎んだり、怒りをもち続けていても、自分に良い事にはならない。
一時は悔しいだろうが、過ぎたことは過去である。
過去に囚われていたら、前には進めない。
報復は神のものである。という言葉もある。
仕返しや復讐のようなことに、自分の時間や力を使う代わりに、善きことにその時間や力を使うほうがずっと素晴らしい。
そしてそれらも、神だけが報いてくれる。
何かをして差し上げるなら、見返りなど求めないですることだ。
見返りのない所には、喜びや信頼が必ず大きく姿を現す。
もし、見返りがあるとすれば、そういう中で、善き良きことを為し続ける努力をした人には、お金で買えない、人徳が備わっていく。
どんなことにも動じない純粋さが根付く。
私はそちらを希望する。また選ぶ努力をしたい。
しかし、それは、本当にハラワタが煮えくりかえる体験を通過して、それでも純粋さを求める人に備わっていくものだと思う。
選ぶのは、自分自身である。
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