欲から解放された神父 ヴィンセンシオ その5

1月21日(土)
『天国に入れてもらえることにアグラをかかない幸い。』実祝プランニング語録

病院を誕生させたとは素晴らしい働きだ。

貧しい?農民の子として生まれた背景があるのかもしれない。

19歳にして農民の子供でありながら、神父になるという異例の出世をしたヴィンセンシオ。
当時は、自分の能力を「もっともっと優雅な生活に!もっともっともてはやされる生活に!」と希望し
それを狙って事を行っていたようだ。

けれど1612年から、何がヴィンセンシオを変えたのか?神と人に仕える道に終始した。

献身者といっても、この真逆を歩いている人もいる。

最初は神のために・・・と思いつつも、だんだんと周囲と比較し、世俗の栄華を競い、自分の老後を優雅に生活したいと、狙って事を行っていく人もいると聞く。

しかし、それは、表面には中々見えない。けれど、そういう中には神による本当の喜びという者は、失われてしまう。

ヴィンセンシオは晩年こんなことを周囲に言っていた。
「わたしは、果たして天国に入れるのだろうか?」と。
これは不信仰であるとかの次元ではない。もっと高尚な次元である。

つまり、「自分は聖職者、神に身をささげるといった献身者として、神に合格点をいただけるのだろうか?まだ、
聖職者としてできること、足りないことがなかっただろうか?」

そういいたかったのだ。どこまでも神を畏れていたのだ。

だからこの時代、ヴィンセンシオやフランシスコ達が、自分を捧げ切って生活し、神と人に仕える生活に感動を覚えた多くの人達もまた、修道会に入ったのだ。
続きは明日のお楽しみ。

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ホームページのトップページに、メンバーによる、励ましの小さなポスターをPDFで掲載。
1月にNO.15「初春」を掲載。
同じく16年前被災した立場から、想いをこめて創られたようです。
また1月に「しっかりと美しく辰」をも掲載どうか、用いて頂ければ、幸いです。

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