左手の英雄・ガイウス・ムキウスのHAPPY その2

8月14日(金)晴れ
『本物の人間としての懐を持っている者達は、互いの素晴らしさに敬意を称え合える。』
実祝プランニング語録
自分から松明をつかみ、右手に押し当てたというムキウス。
ところが、全く痛みを表情に出さず、松明の炎が右手を焦がすままに耐えたというのだ。そしてポルセンナを睨んでいたという。
この一途な気概というか、ローマ人としての誇りはすごい力がある。今は自己保身のためには何でもするが、自分が痛い目、損になると思えば、手段を選ばず逃げる人が多いというに。
これを目の当たりにしたポルセンナは、ムキウスの勇気を心底認め、ムキウスの剣を返し身柄を解放した。
そしてこのような勇敢さと誇りを持ち合わせたローマを評価した。
ムキウスの右手はどうなったのか?焼け爛れてしまった。右手は使えなくなってしまった。しかし、彼の真摯な勇敢さと、ローマの誇りを尊ぶ姿勢は多くの人達に感動を与えた。この時代は、身体が不自由になると偏見は大きかった。それにもかかわらず、ムキウスは「スカエウォラ(Scaevola){左手の}」という名誉ある名で呼ばれるようになった。そう「左手の英雄」と。

なぜ、左手なのか?それはポルセンナから剣を返された時、左手で受け取ったからだ。
たとえ敵であったとしても、相手の勇気や正義を正しく認めることが出来るというポルセンナは、人格者だ。
そしてムキウスもまた、このポルセンナの度量に打たれた。ポルセンナを敵として殺してしまうにはあまりにも惜しい男である。ムキウスは言った。「300人のローマ人が私と同じ決心をして、この陣営を伺っていることでしょう。しかし、私は敵にするより味方にしたほうが良い王を殺害し損ねたことを今は悔やんではいません。」と。
ポルセンナも勇者であった。ムキウスの勇猛さと心意気に感動し、ポルセンナの心は和解に傾いた。
 『平和を図る人には喜びがある。聖書箴言12:20』この戦いに平和は訪れるのか?続きは、明日のお楽しみ・・・。
Copyrught2009 実祝(みのり)プランニング

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