不毛なサイクルを止めるHAPPY その1

7月18日(土)晴れ
『歪んだ見方で人の噂をするより、傷ついた人の為に祈ることを選ぶHAPPYを大事にしたい。』実祝プランニング語録
経済学を大学で教えているある准教授から聴いた話なのだが、この頃の学生は、自分の『損・得』で物事を判断し、実行する傾向があると嘆いていた。
勿論、人にもよるだろう。それなら、友人の為に何かをしてあげる事もそういう人は、本気で、できないと思う。
これは准教授が言う学生だけではない。50歳60歳を過ぎても、何かの肩書きを持っていてもそれらは関係ない。表面はいい人を演じていても根底は自分がもてはやされること、自分が正しいといわれる事を1番に望んでいるからだ。そこにお金や名誉が絡んでいる間だけは上手くいく。
そういう人は、自分のやりたいことが邪魔されそうになると、手の平を返したり、自分の思いどうりにいかない事が出てくると、脅したり周囲の人の噂を捻じ曲げて吹聴する傾向がある。言う内容は嘘があったり、相手のダメージになるように脚色されている。また、自分に悪いことをした人でない関係ない人の事まで他者に悪く吹聴していく場合も多く、歪んだ内容を聴いた人がそれを鵜呑みにするとまた、興味本位で噂してしまう。尾ひれのついた事実でない事がひとり歩きしてしまう。取り返しがつかなくなる。
そういうことを流す人が、学歴があり肩書きがあると、余計に厄介なのだ。還暦を越えている知人が、相手の人とは面識もなく関係もない私に個人的なことを悪く、語りだした。
聞き流せる愚痴とは異なるのだ。ご自分に悪いことをした人ではないのに、相手が生きてこられた時間やその人自身と人生までも侵害している。何人もの他者や友人の事も事実とは異なる悪い表現をする。多分私の事も、同じように吹聴されていると想像できる。
 相手の過去の背後の苦しさ、弱さを理解もできないのだ。言われている人には聞こえていなくともどれだけ、相手を傷つけているのかも全く見えてない。 『愚かな者のくちびるは争いを起こし、その口はむち打つ者を呼び寄せる。聖書箴言18:6』だからそれは私の所で止めた。不毛なサイクルを見抜き止めていく勇気が大事と思う。言われた人は直接聞こえていなくても傷ついているはずだ。その傷が癒されるよう私は祈ることにした。HAPPYになれる事を薦めることのほうが素晴らしい。そういう人間教育がもっとされていってほしい。続きは又。明日・・・。
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